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町内唯一の生き残りとして思うこと ―町の変遷と私が取り組んできたこと―16(おしまい)

さて、ここまで書いてきました、子供時代育った町内会の誰一人、あの頃親たちが営んでいた同じ商売で生き残っていなかったという事実。

これは幼馴染みである家内の実家も、もう店を閉めてしまって長く経つことを振り返ってもしみじみと実感します。

 

繁盛していた商売とそこの子弟たちで賑わっていた町内。

思い出してみれば、いずれの商売もこの世にいらなくなったものはなかったはずです。

家内の実家は自転車屋、その隣は散髪屋さん、その隣は種苗屋さん、その隣は酒屋さん、その隣は魚屋さん・・・・別に世の中から抹殺された商売ではありません。

 

ただ、これらの商売を取り巻く環境が激変しました。

以前と同じやり方では生き残ることが難しくなっていたことは事実です。

その商売を続けるとすれば、やり方を大きく変える必要があったことは否めません。

 

「税理士事務所」という仕事も同様だったと思います。

私が父と全く同じやり方を続けていたら、おそらく事務所はもっと違う姿になっていたのではないでしょうか。

 

つぶれてはいなかったかも知れませんが、もっと小ぶりな業態で続けていただろうと思います。

私は、そうはなりたくなかったので、それなりの手を打ち努力もしました。

ただ「生き残る」という状態では満足できないのです。

 

せっかく引き継いだ事業ですので成長、発展がなければ意味がない、と思っているのです。

とはいえ、ここは日本有数の過疎地です。この先も苦しい戦いがまだまだ続くと思っています。

 

おしまい

 

 

 

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